
訳書の序文にもあるように、ツァイスの名は今でもブランドとして定着していますが、アッベやショットはそれほど有名ではないようです。私も三人の名前程度は知っていましたが、光学業界で同時代に活躍した人たちという認識はありませんでした。
で、期待をこめて読み進めると、なんともいえずはぐらかされてしまいます。大げさな形容詞にまぶされた、見てきたような情景描写と心理描写はあるものの、彼らが技術的にどのような課題に取り組み、それを克服してきたかについては殆ど記述がありません。
ガラス屋のショットが、新種の光学ガラスの開発に成功した件はこんな具合です。
「・・・幸運と賢明さと運命とが、ショットの実験を操った。一高一低する緊張と弛緩とに一上一下する成功と幻滅とに、精も根も尽き果てながら、尚もしっかと喰ひ下がるのだった。是が非でも頑敵を圧伏しないことには!/百三十回目の実験を片附けた時、欠陥は除去された。硝子は空気に耐へたのである。・・・」(訳書254頁)
色収差を改善するための低分散ガラスを開発するのに耐候性で苦労したらしいのですが、こんな記述ばかりで具体的に何をしたかが伝わりません。いまどきの論述試験なら文句なく落第点でしょう。
結局読んで判ったことといえば「ツァイスは顕微鏡工場の経営者であったこと」「アッベはそれまでの試行錯誤による顕微鏡設計に光学設計の理論を導入し、他社を圧倒する性能にしたこと」「ショットは新種の光学硝子の開発に成功し、他国からの輸入に頼らなくてもよくなったこと」「アッベはツァイスの跡をついで工場を財団にし、労働者の待遇改善にも尽力したこと」といったことでした。もちろんカメラのカの字も出てきません。(訳書の序文は別として)
温故知新とはいうものの、これはちょっと期待はずれでした。
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