「檜枝岐村。雪はたっぷりあり、川も綺麗で傑作が撮れそうです。多くの会員に見てほしいロケ地です。」このブログを検索
2017年4月1日土曜日
桧枝岐村
3月31日、残雪撮影会ロケハン中の中島代表からメールが来ました。撮影会に参加する方は雪崩に注意して傑作をものにしてください。
「檜枝岐村。雪はたっぷりあり、川も綺麗で傑作が撮れそうです。多くの会員に見てほしいロケ地です。」
「檜枝岐村。雪はたっぷりあり、川も綺麗で傑作が撮れそうです。多くの会員に見てほしいロケ地です。」2017年3月31日金曜日
桜咲く…
東京では3月21日に開花宣言がでましたが、1週間以上経ってもあまり咲き進んではいません。それでもなぜかそわそわするのは写真好きの性というものでしょうか。
散歩の途中で時々のぞいている公園に行ってみました。日当たりのよい一角だけがよく咲いています。
昨年オークションで手に入れたワイドフィールドエクター190mmの出番がようやくめぐってきました。フジノンW180mmf5.6よりはイメージサークルが大きくて使いやすいのですが、如何せんシャッター速度が頼りなく、どんな風に撮れたかは現像してのお楽しみ!
池を一回りしてから、カフェが開くのを待って一息いれるのがお決まりのコースです。
週末は天気が崩れそうで、お花見にはあいにくでしょうが、公園にはいたるところにブルーシートが敷かれ、場所取りの人たちが寒そうにしていました。酔っ払い対策なのか、ブランコもご覧の通り。
散歩の途中で時々のぞいている公園に行ってみました。日当たりのよい一角だけがよく咲いています。
昨年オークションで手に入れたワイドフィールドエクター190mmの出番がようやくめぐってきました。フジノンW180mmf5.6よりはイメージサークルが大きくて使いやすいのですが、如何せんシャッター速度が頼りなく、どんな風に撮れたかは現像してのお楽しみ!池を一回りしてから、カフェが開くのを待って一息いれるのがお決まりのコースです。
週末は天気が崩れそうで、お花見にはあいにくでしょうが、公園にはいたるところにブルーシートが敷かれ、場所取りの人たちが寒そうにしていました。酔っ払い対策なのか、ブランコもご覧の通り。
2017年3月30日木曜日
アジェへのオマージュ
最近は古典技法を用いた展覧会をよく目にするようになりました。プラチナプリントはその筆頭でしょうが、鶏卵紙の愛好者もそれなりにはあるようです。名前からの連想だけかもしれませんが、あぶない物質をそれほどは使わないですむという特長もありそうです。(クロムを使ってコントラストを調整することもあるようですが)
ギャラリーバウハウスの「稲垣徳文写真展 HOMMAGE アジェ再訪」では、幸い作者にいろいろと興味深いお話を聞くことができました。
アジェの写真の場所を探してほぼ同じアングルで撮影し、当時と同じように鶏卵紙にプリントしたそうです。8×10に180mmレンズをつけて、イメージサークルが小さいために画面上部がアーチ状にケラれるところまで再現するという徹底ぶり。天候もアジェの作品に近づけるように待ったそうです。5年間パリに通ったという作者の情熱には頭が下がります。
鶏卵紙はもちろん自家製で、これにプリントすることでアジェの世界を再現し、同時にゼラチンシルバープリントにも焼いて並べて展示してあります。
私がアジェの作品を知ったのは印刷による複製で、オリジナルを見たのはずいぶん最近になってからだと記憶しています。それもアボットによるプリントだったかもしれません。同じ風景でもプロセスによる表情の違いが顕著にあらわれて興味深いものがあります。その一方で100年前の風景が多く残っているところにヨーロッパの歴史の重みをも感じます。
かつてアジェの写真は「犯罪現場のようだ」と評されたことがありました。パリの街がこれ以上犯罪現場にならないよう願うばかりです。
ギャラリーバウハウスの「稲垣徳文写真展 HOMMAGE アジェ再訪」では、幸い作者にいろいろと興味深いお話を聞くことができました。
アジェの写真の場所を探してほぼ同じアングルで撮影し、当時と同じように鶏卵紙にプリントしたそうです。8×10に180mmレンズをつけて、イメージサークルが小さいために画面上部がアーチ状にケラれるところまで再現するという徹底ぶり。天候もアジェの作品に近づけるように待ったそうです。5年間パリに通ったという作者の情熱には頭が下がります。
鶏卵紙はもちろん自家製で、これにプリントすることでアジェの世界を再現し、同時にゼラチンシルバープリントにも焼いて並べて展示してあります。
私がアジェの作品を知ったのは印刷による複製で、オリジナルを見たのはずいぶん最近になってからだと記憶しています。それもアボットによるプリントだったかもしれません。同じ風景でもプロセスによる表情の違いが顕著にあらわれて興味深いものがあります。その一方で100年前の風景が多く残っているところにヨーロッパの歴史の重みをも感じます。
かつてアジェの写真は「犯罪現場のようだ」と評されたことがありました。パリの街がこれ以上犯罪現場にならないよう願うばかりです。
水について
最近のスーパーにはたいてい浄水器が置いてあり、初めに有料のボトルを買えば、あとはいくらでもタダで水汲みができます。
私も写真の薬品を溶かすにはもっぱらこれを利用しています。
市販の薬品は水道水を使うことを前提に調合しているはずですが、不純物の少ない浄水を使うほうがよりよいように思い込んでいます。もちろん、目に見えるような違いはありませんが…
ずいぶん前「写真工業」誌に「超ファインプリント入門」という連載記事があり、そこに水質の違いが結果に現れるという記述があったと記憶していますが、探し出せませんでした。どなたかご教示いただけないでしょうか。
で、この水は写真用ばかりでなく、普段の飲食にも使っています。(それが本来の用途ですが) 数ヶ月間湯沸しポットで利用していると、水道水とは明らかにちがい、まったく湯垢がつかないことを発見しました。これこそが目に見える違いです!
私も写真の薬品を溶かすにはもっぱらこれを利用しています。
市販の薬品は水道水を使うことを前提に調合しているはずですが、不純物の少ない浄水を使うほうがよりよいように思い込んでいます。もちろん、目に見えるような違いはありませんが…
ずいぶん前「写真工業」誌に「超ファインプリント入門」という連載記事があり、そこに水質の違いが結果に現れるという記述があったと記憶していますが、探し出せませんでした。どなたかご教示いただけないでしょうか。
で、この水は写真用ばかりでなく、普段の飲食にも使っています。(それが本来の用途ですが) 数ヶ月間湯沸しポットで利用していると、水道水とは明らかにちがい、まったく湯垢がつかないことを発見しました。これこそが目に見える違いです!
2017年3月22日水曜日
写真集
昨日、三省堂・洋書売り場で特売コーナーを見つけ、"ジョージア'オ・キーフ/アンセル・アダムス" の写真集をゲットしました。前半はオキーフのゴーストランチのカラー風景画、つぎにアンセルの写真が続き、6点もの始めてみる写真にちょっと感動。印刷も美しく、価格は1900円。
アンセルは、オキーフに会えたことでポール・ストランドを知り、写真家になる決意をしている。
特にオキーフの芸術に対する情熱と精神力、ポールの写真家としての生き方に強く影響されたといわれている。芸術に取り組む作家や作品に接していることが大事といえます。
アンセルは、オキーフに会えたことでポール・ストランドを知り、写真家になる決意をしている。
特にオキーフの芸術に対する情熱と精神力、ポールの写真家としての生き方に強く影響されたといわれている。芸術に取り組む作家や作品に接していることが大事といえます。
洋梨の誘惑
アンコールワットなどで見慣れた重厚な作風とは打って変わって、軽快な鱒釣りの風景から写真展は始まります。解説によるとこれも大判で撮ったそうですが、まるでスナップショットのように自由自在にカメラを操っているところはさすがです。
ギャラリーバウハウスの井津建郎写真展「洋梨の誘惑」を会期末間際に訪れました。
階下の展示は洋梨を肉感的に撮った作品です。作者のステートメントによると洋梨の味と形に魅せられたそうですが、プラチナプリントのやわらかな表現がその思いとマッチしていて魅力的です。仮面に自己を仮託した表現に、対象を凝視するいままでの姿勢とは異なる方向を感じました。
見ていると My favorite things のメロディーが聞こえてきそうな、楽しい展示でした。
ギャラリーバウハウスの井津建郎写真展「洋梨の誘惑」を会期末間際に訪れました。
見ていると My favorite things のメロディーが聞こえてきそうな、楽しい展示でした。
2017年3月11日土曜日
BIBLIOTHECA/本の景色
PGIで開催中の潮田登久子写真展「BIBLIOTHECA/本の景色」を観ていると、こんなことがぼんやりと心に浮かんできました。(4月28日まで)
写真家は「・・・『本』をオブジェとして写真撮影を試みているうちに、情報の担い手という『本』自体の持っている役割を超えて、新たに『本』そのものの存在が魅力となって浮き上がってきました。」といいます。
難解な書籍で知られる出版社の社屋(というより家)に積まれた本、実験写真で知られた写真家の、主の不在となった書斎に積まれ、土に還りつつある本、などなど。本というモノの存在は、その中に担われた情報のみならず、バックグラウンドの情報によって果てしない広がりをもつということを再認識させられ、見飽きることがありませんでした。
2017年3月10日金曜日
硝子の驚異
物置を整理していて古い本を見つけました。題して「硝子の驚異」(F.シェッフェル著 藤田五郎訳 天然社)、昭和17年初版で、手元にあるのは18年の再版です。裏表紙には「『硝子の驚異』はツァイス、アッベ、ショット三傑人の伝記を叙しつつ、ツァイス光学工場の、従って又天下に冠たる独逸光学工業の駸々たる発展史を描破したものである。・・・」とあり、とても興味深そうな内容なので読み始めました。訳書の序文にもあるように、ツァイスの名は今でもブランドとして定着していますが、アッベやショットはそれほど有名ではないようです。私も三人の名前程度は知っていましたが、光学業界で同時代に活躍した人たちという認識はありませんでした。
で、期待をこめて読み進めると、なんともいえずはぐらかされてしまいます。大げさな形容詞にまぶされた、見てきたような情景描写と心理描写はあるものの、彼らが技術的にどのような課題に取り組み、それを克服してきたかについては殆ど記述がありません。
ガラス屋のショットが、新種の光学ガラスの開発に成功した件はこんな具合です。
「・・・幸運と賢明さと運命とが、ショットの実験を操った。一高一低する緊張と弛緩とに一上一下する成功と幻滅とに、精も根も尽き果てながら、尚もしっかと喰ひ下がるのだった。是が非でも頑敵を圧伏しないことには!/百三十回目の実験を片附けた時、欠陥は除去された。硝子は空気に耐へたのである。・・・」(訳書254頁)
色収差を改善するための低分散ガラスを開発するのに耐候性で苦労したらしいのですが、こんな記述ばかりで具体的に何をしたかが伝わりません。いまどきの論述試験なら文句なく落第点でしょう。
結局読んで判ったことといえば「ツァイスは顕微鏡工場の経営者であったこと」「アッベはそれまでの試行錯誤による顕微鏡設計に光学設計の理論を導入し、他社を圧倒する性能にしたこと」「ショットは新種の光学硝子の開発に成功し、他国からの輸入に頼らなくてもよくなったこと」「アッベはツァイスの跡をついで工場を財団にし、労働者の待遇改善にも尽力したこと」といったことでした。もちろんカメラのカの字も出てきません。(訳書の序文は別として)
温故知新とはいうものの、これはちょっと期待はずれでした。
内藤明個展「echo」
高田馬場ちかくのこぢんまりとしたギャラリーAlt_mediumで内藤明個展「echo」を観ました。
ゼラチンシルバープリントの魅力を発揮した展示です。
端正にプリントされた静謐な風景は、漆黒の中にもかすかなディテールがあり、一方でハイライトのトーンも逃していません。どれも凝視を強いられる素晴らしいプリントです。
作者は風景をX字型に切り取ることがお好みのようで、それぞれの象限(?)に光と闇がダイナミックに交錯しています。風景をヴィジュアライズすることの重要性を再認識させられる、刺激的な内容でした。
5×7プリントの販売価格も驚くほどリーズナブルで、思わず欲しくなってしまいました。
ゼラチンシルバープリントの魅力を発揮した展示です。
端正にプリントされた静謐な風景は、漆黒の中にもかすかなディテールがあり、一方でハイライトのトーンも逃していません。どれも凝視を強いられる素晴らしいプリントです。
作者は風景をX字型に切り取ることがお好みのようで、それぞれの象限(?)に光と闇がダイナミックに交錯しています。風景をヴィジュアライズすることの重要性を再認識させられる、刺激的な内容でした。
5×7プリントの販売価格も驚くほどリーズナブルで、思わず欲しくなってしまいました。
2017年3月8日水曜日
JOBOプロセッサー
先日のCP+で中国製のプロセッサーを見たのに刺激され、我が家のJOBOプロセッサーも少しグレードアップを図っています。
当面の目標は最大16×20のプリントが処理できるようにすることです。ドラム2830と2840を連結すると最大16×20が収容できるのですが、全長が60cm余になり、ドラムの回転と薬液の注入・排出が結構大変になります。
そこでホームセンターで丁度サイズの合うプランター(今回は65cmタイプ・500円程度)を求め、端面の一部をのこぎりで切り取りました。プランターには適温の水(今の気候ならお湯)を張り、ドラムを浮かべて回します。
もちろん全手動です。

端面に切欠きをつけることでドラムを傾けやすく、薬液の排出が楽になります。
ちなみに薬液用の瓶などは100均で買ったので、ここに写っている設備類は合計で1000円ちょっとです。(もちろんドラムは別ですが)
当面の目標は最大16×20のプリントが処理できるようにすることです。ドラム2830と2840を連結すると最大16×20が収容できるのですが、全長が60cm余になり、ドラムの回転と薬液の注入・排出が結構大変になります。
そこでホームセンターで丁度サイズの合うプランター(今回は65cmタイプ・500円程度)を求め、端面の一部をのこぎりで切り取りました。プランターには適温の水(今の気候ならお湯)を張り、ドラムを浮かべて回します。
もちろん全手動です。
端面に切欠きをつけることでドラムを傾けやすく、薬液の排出が楽になります。
ちなみに薬液用の瓶などは100均で買ったので、ここに写っている設備類は合計で1000円ちょっとです。(もちろんドラムは別ですが)
2017年2月24日金曜日
CP+
久しく銀塩写真関係の出品はないものと思っていたのですが、今回珍しくドラムプロセッサーが展示されています。よくみるとJOBOのパクリのようでしたが、このような新製品が生産されているとはちょっとした驚きでした。係の女性と片言の英語でやり取りすると、日本での販売ルートはなさそうで、アリババなどのネット通販でしか手に入らないようです。
「コノ製品中国ニモッテカエレナイノデ、アナタ自動車デキテイルノナラウッテアゲルヨ。」という怪しい売込みがありましたが、故障したらどうなるのか不安なのでご辞退申し上げました。でも8x10フィルムの現像には便利そうなので少し心が動きます。
www.osirisfilm.com帰宅してからJOBOのホームページを見ると、本家もがんばっているようなのでひと安心。
銀塩写真にもまだうごきはあるのですね。
2017年2月12日日曜日
鈴木先生写真展
先日(2/11)、昨年(2016年2月)のゾーンシステム研究会総会でレクチャーしていただいた、日大写真学科教授、鈴木孝史先生の個展を見に行って来ました。タイトルは、「Riverside in Blue」。川の水辺の風景を撮影した作品群の写真展です。青色に調色されたモノクローム銀塩プリントが20数点展示されていました。青のイメージが川の風景にマッチしていて大変すばらしかったです。先日事務局から会員へ連絡をしていただきましたので皆さんご存知とは思いますが、詳細は以下ギャラリーストークスのホームページを参照してください。http://www.gallerystorks.com/index.html
2016年11月23日水曜日
コダックフィルムの作り方
2010年に Making KODAK film という本が出版され早速入手しました。
著者の Robert L. Shanebrook は35年間コダックに勤め、製造ラインの技術などを担当した人だそうです。内容は「こんなことまで書いていいのか」と思わせるほどの内部資料の塊でしたが、同時に写真フィルムが過去の技術となってしまったことを強く印象付けられました。
そして最近、その第二版が出たという知らせが届きました。
http://www.makingkodakfilm.com/
前版は94ページのペーパーバックですが、増補第二版は470ページのハードカバーでより詳細になっているようです。
本体100ドルという高価な本ですが、早速取り寄せてみたいと思います。
ところで、映画の世界でもフィルムにこだわるという傾向が復活しつつあるようです。
http://collider.com/star-wars-9-65mm-film/
デジタルとアナログのすみわけが一定のレベルで続くことを願っています。
著者の Robert L. Shanebrook は35年間コダックに勤め、製造ラインの技術などを担当した人だそうです。内容は「こんなことまで書いていいのか」と思わせるほどの内部資料の塊でしたが、同時に写真フィルムが過去の技術となってしまったことを強く印象付けられました。
そして最近、その第二版が出たという知らせが届きました。
http://www.makingkodakfilm.com/
前版は94ページのペーパーバックですが、増補第二版は470ページのハードカバーでより詳細になっているようです。
本体100ドルという高価な本ですが、早速取り寄せてみたいと思います。
ところで、映画の世界でもフィルムにこだわるという傾向が復活しつつあるようです。
http://collider.com/star-wars-9-65mm-film/
デジタルとアナログのすみわけが一定のレベルで続くことを願っています。
2016年10月5日水曜日
杉本博司とレイ・メツカー
さいきん新装開店した二つの会場で性格の異なる写真展を見ました。
東京都写真美術館 杉本博司 ロスト・ヒューマン
展示は3階と2階にわかれており、まず3階から入るように指示されます。
おなじみの「海景」の一点を観ながら入場すると、錆びたトタン板で区切られたブースの連続に放り込まれます。絶滅した人類の標本を集めた廃墟のような空間で、ありとあらゆるガラクタのようなコレクションが展示されており、杉本の写真もその中のひとつに過ぎないという位置づけになっています。蝋人形のレーニンやカストロもこのように展示されていると、まさにこのために撮ったという感性が伝わってきます。
それぞれのブースには「私は○○、今日世界は死んだ、もしかすると昨日かもしれない、・・・」というフレーズから始まる手書きの文章が貼られており、ディストピア小説を読むように読み進めていくこともできます。とても全部を読む気力もなく、未来の廃墟の中をさまようだけで精一杯でした。(文章は展示案内に採録されているので、後でゆっくり読むことも出来ます)
展示されている「標本」を見ているだけで色々と想像をめぐらすことが出来ます。個人的には満州国の勲章やマッキントッシュSEが気に入りましたが・・・
3階展示の終盤近く、裸のマネキンが寝そべったソファーを小窓から覗き見るブースがあります。どこかデュシャンの遺作を思わせるようなセッティングで、ひょっとしたら杉本はこの展示を遺作にするのでしょうか?
再び「海景」の一点を見て2階へうつると、まったく違った雰囲気になります。
展示室を対角線で区切った大きな空間に、「劇場」シリーズと「三十三間堂」シリーズが背中合わせに展示されています。
「劇場」も、よく観ると今まで観てきたものと違って「廃墟劇場」となっており、3階の延長のように思えます。観客が居なくなった廃墟で映写されている人類の過去の記憶ということでしょうか。
最後に隔壁を回って三十三間堂の仏たちに対峙していると、杉本の意図がおぼろげに見えて来るような気もします。
※ ※ ※
明治通りの渋谷橋まで歩き、新橋行きのバスに乗って中の橋下車。 田町から移転したPGIに初めて入りました。入り口のインターホンを押して来意を告げると鍵が空いてビルに入れるようになります。どこか秘密クラブのようなワクワク感!

レイ・メツカーという写真家は初めて知りましたが、ハリー・キャラハン達に学んだという経歴を見て納得。一枚ごとの完成度の高さには驚嘆します。
道路の水溜りに映ったビルなど、どこか習作のような表現ではあるのですが、それを作品たらしめようという強烈な意思を感じます。
プリント一枚ごとに完結する構成の美しさや力強さは、杉本のコンセプチュアルな展示とは異なる写真表現の極北をみる思いでした。
展示は3階と2階にわかれており、まず3階から入るように指示されます。
おなじみの「海景」の一点を観ながら入場すると、錆びたトタン板で区切られたブースの連続に放り込まれます。絶滅した人類の標本を集めた廃墟のような空間で、ありとあらゆるガラクタのようなコレクションが展示されており、杉本の写真もその中のひとつに過ぎないという位置づけになっています。蝋人形のレーニンやカストロもこのように展示されていると、まさにこのために撮ったという感性が伝わってきます。
それぞれのブースには「私は○○、今日世界は死んだ、もしかすると昨日かもしれない、・・・」というフレーズから始まる手書きの文章が貼られており、ディストピア小説を読むように読み進めていくこともできます。とても全部を読む気力もなく、未来の廃墟の中をさまようだけで精一杯でした。(文章は展示案内に採録されているので、後でゆっくり読むことも出来ます)
展示されている「標本」を見ているだけで色々と想像をめぐらすことが出来ます。個人的には満州国の勲章やマッキントッシュSEが気に入りましたが・・・
3階展示の終盤近く、裸のマネキンが寝そべったソファーを小窓から覗き見るブースがあります。どこかデュシャンの遺作を思わせるようなセッティングで、ひょっとしたら杉本はこの展示を遺作にするのでしょうか?
再び「海景」の一点を見て2階へうつると、まったく違った雰囲気になります。
展示室を対角線で区切った大きな空間に、「劇場」シリーズと「三十三間堂」シリーズが背中合わせに展示されています。
「劇場」も、よく観ると今まで観てきたものと違って「廃墟劇場」となっており、3階の延長のように思えます。観客が居なくなった廃墟で映写されている人類の過去の記憶ということでしょうか。
最後に隔壁を回って三十三間堂の仏たちに対峙していると、杉本の意図がおぼろげに見えて来るような気もします。
※ ※ ※
明治通りの渋谷橋まで歩き、新橋行きのバスに乗って中の橋下車。 田町から移転したPGIに初めて入りました。入り口のインターホンを押して来意を告げると鍵が空いてビルに入れるようになります。どこか秘密クラブのようなワクワク感!
レイ・メツカーという写真家は初めて知りましたが、ハリー・キャラハン達に学んだという経歴を見て納得。一枚ごとの完成度の高さには驚嘆します。
道路の水溜りに映ったビルなど、どこか習作のような表現ではあるのですが、それを作品たらしめようという強烈な意思を感じます。
プリント一枚ごとに完結する構成の美しさや力強さは、杉本のコンセプチュアルな展示とは異なる写真表現の極北をみる思いでした。
2016年10月2日日曜日
横内勝司写真展 時を超えて
先日観た塩谷定好に続いて、ほぼ同世代といえる横内勝司というアマチュア写真家の展覧会を観る機会がありました。
(四ツ谷 ポートレートギャラリーにて 10月5日まで。)
年譜によると1902年、松本に生まれ、1936年に早世したアマチュア写真家です。
プリントは殆ど密着焼きで丁寧に残されているそうですが、数年前に1000枚あまりの乾板が見つかり、これをデジタルカメラで複写して新たにインクジェットプリントしたものです。
満足な露出計などなかった時代ですが、乾板の露光や現像はきわめて適切で、シャドーのつぶれもハイライトの飛びも殆どないそうです。 おそらく独学で、雑誌や書籍などを頼りに学んだのでしょうが、現在とは比較にならないほど情報が乏しい中で創り上げたとはおもえない作品ばかりです。
ずいぶんと試行錯誤をしたと想像されますが、当時の乾板は一枚50~60銭だったので、現在の貨幣価値に直すと数百円以上にはなりそうですね。
われわれもシートフィルムが高くなったと嘆いているばかりでは駄目だと反省させられました。
2016年9月29日木曜日
芸術写真の時代 塩谷定好展
三鷹市美術ギャラリーでは、ときどき興味深い写真の展覧会が開かれます。
現在開催中の 「芸術写真の時代 塩谷定好展」もそのひとつでしょう。http://mitaka.jpn.org/ticket/160820g/
10月23日まで
この作家のことは初めて知ったので、ほとんど予備知識なしに観ることになりました。
19世紀末に生まれた塩谷は、アンセル・アダムスとほぼ同世代に属する写真家ですが、その作風は大きく異なります。
戦前の作品はピクトリアリズムの系譜に連なるものでしょう。初めて見る写真ばかりなのに、どこか懐かしく、既視感に襲われます。
キャプションにはすべてゼラチン・シルバー・プリントと書かれており、特に戦前の作品群はウォームトーンに統一されています。
唯一、「静物」と題された一点には珍しい手彩色が施されていますが、これはどこか岸田劉生の油絵を思わせる重厚な存在感を放っています。
印画紙を曲げたり傾けたりして画像を歪ませたと思える実験的な表現が何点かあり、同郷で少し後の世代となる植田正治に影響を与えたのかと想像されます。
食べ終えた鰯の骨を撮った写真は、作者の気迫を感じさせるものでした。
現在開催中の 「芸術写真の時代 塩谷定好展」もそのひとつでしょう。http://mitaka.jpn.org/ticket/160820g/
10月23日まで
この作家のことは初めて知ったので、ほとんど予備知識なしに観ることになりました。
19世紀末に生まれた塩谷は、アンセル・アダムスとほぼ同世代に属する写真家ですが、その作風は大きく異なります。
戦前の作品はピクトリアリズムの系譜に連なるものでしょう。初めて見る写真ばかりなのに、どこか懐かしく、既視感に襲われます。
キャプションにはすべてゼラチン・シルバー・プリントと書かれており、特に戦前の作品群はウォームトーンに統一されています。
唯一、「静物」と題された一点には珍しい手彩色が施されていますが、これはどこか岸田劉生の油絵を思わせる重厚な存在感を放っています。
印画紙を曲げたり傾けたりして画像を歪ませたと思える実験的な表現が何点かあり、同郷で少し後の世代となる植田正治に影響を与えたのかと想像されます。
食べ終えた鰯の骨を撮った写真は、作者の気迫を感じさせるものでした。
藤田修 フォトポリマー グラヴュールの作品展
吉祥寺駅から公園通りを少し歩くと、ギャラリー惺(さとる)があります。 入り口は地下一階でうっかりすると見逃してしまいそうですが、内部は白一色で清潔な感じの空間になっています。
http://gallerysatoru.com/
ここで開催中の藤田修 Lost Timeを観てきました。 (10月2日まで)
フォトポリマー グラビュールという版画技法で、写真を元にした画像を雁皮紙に刷ったものです。
ギャラリーの真っ白な壁に展示された作品は、雁皮紙のもつ柔らかな風合いと色味がひときわ際立つようです。
作品は西洋の室内を思わせる闇を基調とした絵で、わずかなハイライトまでのグラデーションが美しく描写され、タイトルや作家のステートメントにあるように過ぎ去った時間を感じさせるものでした。
同じ建物の上階には保久良(ほくら)珈琲という落ち着いた喫茶店があり、この2軒に立ち寄るだけでも吉祥寺を散策する価値があります。
http://gallerysatoru.com/
ここで開催中の藤田修 Lost Timeを観てきました。 (10月2日まで)
フォトポリマー グラビュールという版画技法で、写真を元にした画像を雁皮紙に刷ったものです。
ギャラリーの真っ白な壁に展示された作品は、雁皮紙のもつ柔らかな風合いと色味がひときわ際立つようです。
作品は西洋の室内を思わせる闇を基調とした絵で、わずかなハイライトまでのグラデーションが美しく描写され、タイトルや作家のステートメントにあるように過ぎ去った時間を感じさせるものでした。
同じ建物の上階には保久良(ほくら)珈琲という落ち着いた喫茶店があり、この2軒に立ち寄るだけでも吉祥寺を散策する価値があります。
2016年7月28日木曜日
アルバレス・ブラボ写真展
マヌエル・アルバレス・ブラボという写真家については、写真集を一冊眺めた以外、あまり詳しいことは知りませんでした。 写真集からは陰惨な死のにおいが漂ってくるので、それ以上は深く知りたくもなかったというのが正直なところでしょうか。
世田谷美術館で開かれている写真展は、200点近い作品をほぼ年代順に章立てし、この写真家の業績を一堂に見ることができます。 かなり膨大な量ですが、ほぼ8×10のプリントを端正に額装して展示してあるので、落ち着いた雰囲気で鑑賞することができました。
「シンプルな手立てを通して得られる複雑な現象の表現」という言葉も書かれていることから、キーワードは「シンプル」なのでしょうか。
代表作である、包帯を巻いて寝ている女性を撮った「眠れる名声」は、11×14というサイズで改めてみると飽きることがありません。 同じモチーフで多重露光したと思われる「名声2」は初めて見ましたが、シンプルな表現の陰にある試行錯誤を垣間見る思いがします。 残念なことにどちらも絵葉書はありませんでした。
最晩年では、同じ場所から撮ったと思われる庭の連作などが静かな世界を現出しています。
作品の多くは暗い色調でプリントされており、明るい光で照らされた光景もどこか陰鬱な雰囲気に包まれています。
2016年7月25日月曜日
シャンブル・ノワール展
目黒区美術館の区民ギャラリーというゆったりしたスペースで、同じ写真学校で学んだという人たちがそれぞれのスタイルで白黒写真を展示しています
新入会員の大野さんはスタジオ撮影のヌードを出品。 他にも人物を正面からとらえた作品が目立ちました。
そのほか、新宿御苑 蒼穹舎の斎藤純彦写真展 「Homeward」も、6×7で静かに切り取った何気ない風景が印象に残りました。
銀塩写真を愛し、自分の表現手段として使う人がまだまだ多いことに勇気づけられます。
2016年7月18日月曜日
田中寛二写真展 TOKYO
東海地方まで梅雨明けした暑い日、板橋区の大山で開かれている田中さんの写真展にお邪魔しました。 個人的にはこの辺りは詳しくないのですが、かつて板橋は多くのカメラや光学器械メーカーが集まっていた土地柄でもあります。
会場のUP40ギャラリーは大山駅から徒歩1分という近さ。立派なポスターが出ていて迷うこともありません。
こじんまりしたギャラリーには、東京という巨大な都市の様々な相貌をシャープにとらえたプリントが並んでいます。
人間がほとんど見えないビルやガスタンクなどが印象に残りますが、それでいて無機質ではなく、どこか懐かしい印象があるのは、写真家の人柄と、豊かなトーンの白黒プリントによるのでしょうか。
イメージに合う視点を求めて、ビルの非常階段などから撮るというバイタリティーにも感心します。
一緒になったKさんと3人で、気が付くと1時間近くもおしゃべりをしていました。
会場のUP40ギャラリーは大山駅から徒歩1分という近さ。立派なポスターが出ていて迷うこともありません。
こじんまりしたギャラリーには、東京という巨大な都市の様々な相貌をシャープにとらえたプリントが並んでいます。
人間がほとんど見えないビルやガスタンクなどが印象に残りますが、それでいて無機質ではなく、どこか懐かしい印象があるのは、写真家の人柄と、豊かなトーンの白黒プリントによるのでしょうか。
イメージに合う視点を求めて、ビルの非常階段などから撮るというバイタリティーにも感心します。
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